帰省2
帰省する度にこのブログのことを思い出すので色々供養する。前にこのブログのことをリアルの知人に「見てるよ。」と言われたので、見たとしてもそっとするか、なんか感想下さい。

まず、東京から大阪は遠すぎる。
東京の自宅から実家まで大体4時間半くらいかかる。無論、この距離と時間を「まだ短いだろ」っていう人の方が大半な気がするが、普段から出無精のいよわには帰ってる途中で面倒くてギブしたくなる精神になってくる。(周りの知人、XならぬTwitterの皆さんはなんだかんだ活動的な人がいっぱいで羨ましい。)
いきなりだけどこの指差し名取は一年半前に帰省した時にvlog兼ブログで使おうと撮った写真。流石に遅すぎた。

あと、特に意味もなく帰省して実家にいても楽なだけでそんなに楽しくない。自分だけ変わらずに周りが変わっていくから、年々嫌なものを見にいく気持ちになる。
でも、別に実家に帰らなくても特にやる事がないから帰省してる。今も、自宅に比べて硬い布団の上で寝そべりながらiPhoneでこのブログを書いてる。
最近、呪術廻戦の戦闘中とかに挟まるナレーションにハマってるから、自分の事を客観視して「20代後半 誕生日から半年 これよりさらに半年後東京にて無制限の〜」とか意味もないことを無性に、言いたくなってくる。
余りにも暇というか、別に外に出たくないけど自分だけずっと家にいると文句言われるので、奈良方面行ったことがなかったので教会の彼方の聖地巡礼してみたけど、多分一部の人にしか伝わらない写真。

2026年になってから知ったことだが、年を跨ぐ時に世間一般では吉報を出すらしいが、最近では結婚ツイーヨとかも出すらしい。
個人的には結婚報告とか見ても「わざわざ元旦にすることか?」みたいに思うが、オタクを攻撃したい側からすれば最高の日だろうなとも思う。
※声優のファンクラブとかは月跨ぎに決済するから、あえて1日に出してるらしいとかいう裏情報を情報通の黒髪ロングの妹から聞きました。嘘です。
まあ、そんな時事ネタが言いたいわけではなく「昨今のオタクは弱くないか?そのアイデンティティを奪われてないか?」と無意味に提唱してみたい。
よく言われてるのが"俺の嫁or彼女"ではなくて"推し"とか、声優が結婚しても前ほど叩かなくなったとか。別に回帰しろとは言わないし、はなからさほど興味がなくて傍観してただけだから難癖つけるつもりでもないけど、それでも思うところはある。
アイデンティティを奪われるってこういうことなんだなって。大衆化して誤魔化されているだけで、世間から半強制的に隅に追いやられるのが真性のオタクということなのか?
ていうか、熱笑系ってなんだよ。人類皆冷笑しろよ。小さな本気を燃やしていけよ。
そんなこんなで年末年始にも関わらず、心の中ではぐるぐると思考だけ無意味に巡らせて、体は帰省の疲れで基本寝そべっていました。
別に東京の自宅にいる時も寝そべって何かしてるのが常なのだけれど、そうなのだけれど、やっぱりそんな俺がというかそういう行動を選択しがちな人種が取る行動としてありがちなVtuberの配信を見ることで、もっぱら前までは目の敵にしていたVspo!の人達の配信とか切り抜き動画を何故かよく見るようになったんだけど、まあ面白いよ。
でも、なんだろうな。この感じている面白さって体の底から出た面白じゃないっていうか。そこそこ面白いことしてるような集団の会話を近くの机に座って盗み聞きしてるような面白さっていうか。配信でたまにコメント拾われて気持ちよくなるのも、ぼっちが偶然目をつけられて身内ノリに入れたような感じっていうか。Vtuberとかいうぼっち御用達みたいな位置づけの娯楽の顔してる癖して、仲間であることの強みや社会性ありきの面白さを感じさせられるんだよね。
それこそVtuberでいえば、にじさんじの卯月コウとかネオポルテの柊ツルギみたいな単体でも面白い奴の面白さがない。
男Vばっかりで女Vも例にあげようとしたけど、委員長は最近は動画の方が力入れてる感じがするので、女V代表は名取さなにしておきます。単純にコンテンツとして素晴らしいので。
そもそもの話、界隈そのものが大きいコンテンツと化したせいで卯月コウみたいなモグラというかスコッパーみたいなやつが入る隙間がなくなって、逆に大きくなったことで本来のVtuber像のままなら到底入ってこないような柊ツルギみたいなのも受け入れられるようになったっていうか。(直近だとにじさんじの酒寄相馬とかはコウボーイならではの面白の片鱗を感じる瞬間がある。)
兎にも角にも、オタクという常に集団のマイノリティで社会性に対しての旨みを享受出来ていない層はどんな時代であっても隅に追いやられるのが常ではあるのだが、そういったマイナスの要素がこのインターネット大時代では目に見えてなかったり感じにくいだけで現実そのものの構造は変わってない分、実は年々よりマイノリティであるがゆえの弊害を受けている気がする。
例えば、それこそVtuberのイベントにだってカーストや社会性を感じる時がある。俺は一度だけあおぎり高校というマイナー大手くらいの位置づけにあるVtuber事務所に所属している「音霊魂子」の「俺の推しvtuberがオフ会を開催する件について」とかいう意味のわからないイベントに興味本位で参加したことがあるが、昔の秋葉原でしか見ないような格好でVのぬいぐるみを持って全身推しのグッズで揃えましたみたいなオタクがいっぱい存在していた。「一体今までどこに隠れ潜んでた?」みたいな疑問しか浮かばない隠れキリシタンならぬ隠れオタクの里を見つけた面持ちで参加した。
これがその時の写真。念のため言わせてもらうが、Twitterに上げられている写真の中に俺はいない。何故ならこの会場は出入り自由だったので、後述しているが何となくイベントに辟易して結構外に出ているときが多く、周りのオタクとも殆どコミュニケーションを取っていなかったから。オタクの敵はオタクで、同族嫌悪しているから。

(思ったよりも微妙な写真しかなかったので、Twitterでイベント名から検索してメディア欄を見た方がわかりやすい。)
そんなこんなでイベントに参加していたが、やっぱりオタクの中でも社会性のあるやつとないやつ、というか行動力があるやつとないやつで会場は二分されていた。会場内ではそもそも知り合いとか、このイベントに参加する前からこの日の為にTwitterや discordでやりとりしてましたみたいな奴がうようよしていた。お前ら高校とか大学に入学する前に友達作るようなノリをこんなVtuberのイベントに持ち込むなよという気持ちしかなかった。
俺みたいな社会適合性✖️な奴はそもそもイベントが始まる直前というかもう始まってるような時間帯に会場入りするし、なんならイベントに行こうかすら直前まで迷ってる。イベントでも食べ飲みOKの自由席だったから、久方ぶりに学食でぼっちであることへの恥ずかしさと似たような感情を持ちながら、比較的まともそうなオタクの近くに座れる席を探すのに難儀した。
イベントが始まって感じたのは高校生の時に俺の班だけ盛り上がってなくね?みたいな既視感を感じたこと。社会性のありそうな行動力⭕️なオタクは早めにきていて飲み会時みたいに固まってるし、熱意あるガチオタク達はオタク同士で最前線付近に集まったり、VtuberのイベントらしくVが会場内を確認する用のカメラ前を陣取ったりしていた。それ以外のファンというかイベントに参加しているだけの受動的そうな層は、大体会場内でも後ろの方に追いやられて、結局イベント中も俺含めて周りはほぼ無言で、催し事で手を挙げたとしても殆ど当てられることがなく、カメラからも遠くて、参加している意義を感じることが難しいわりにはイベント自体が長丁場でキツく、Vtuberのイベントというある意味俺たちの聖域でもあるような空間のはずなのに、社会のカーストというものは一度固まってしまったら階層間の移動が出来なくてどうしようもないみたいな無力感が後方では漂っていて、終了後さっさと帰った記憶しかない。
そんなんだから、一番印象に残ってるのは座った隣にいたオタクのことだった。中身と外見がまともそうなオタクの横に座れたからそいつのことを観察していたのだが、普段使いできそうなグッズは買っていたり、声とか身振りは小さいながらもイベントには全力そうだったり、主催者のVから「食べ物とか飲み物美味しいね」って言われた後にはちゃんと並んで買ってきたり、頒布されていたグッズは綺麗に折り畳んでポーチの中に保管していたり、この人は本当にこのVtuberのことが好きなんだろうなって感じられたのは面白かった。まあ、Vの中には当然、周りの人間の印象にも一切残ってないだろうけども。
イベントが終わった後に帰りの電車で思ったのは、結局のところイベントにかこつけて動物みたいに騒いでる奴らとか、カメラ前とか全身グッズみたいな格好をしているガチオタク達が楽しめたイベントだったなってことなんで、人間って動物(ここでは猿とか孔雀みたいなを暗示している)すぎるってことでした。
Vtuber本人も数少ない女オタクとかも結局はそういう派閥の中にしかいなかったり、イベント中フォーカスされた時間も殆どだったんで、人間という社会的生物の正解はこうなんだろうなっていうのをオタクの場にも関わらず見せつけられましたね。(1敗)
それでも、ユニコオオオォン!🦄
ならずとも、負け異常独身男性が多すぎる!とかいうダブルミーニング状態なんで、そろそろ1勝していきたいと感じる年明け午後の昼下がり。
もう世の中の20代後半といえば夕方くらいかもしれないけど、ここから捲っていきたいという気概はある。それの方がカッコいいから。
(ちなみに運営元のViVionのスタッフの人はマジで可愛かったので、男スタッフとして転職しようかなと思った。男は別にそんなにだったからいけそうなので。)
上記のような文章を打った後でなんだが、TwitterならぬXを見てても年末年始にも関わらず精スプだのマチアプだののツイートが余りにも多すぎるだろ。御坂美琴はどうしたんだよ。俺たちの学園都市とか超能力についての熱い議論はどこにいっちまったんだよ。何物は!?
俺が異能バトル学園モノが好きな理由が、社会性がなくても「最強」という記号に持つ意義で物語にのめり込めるから好きなんて誰が言ったんだよ。そろそろ青春ラブコメとか京アニみたいフェーズに移行したいって俺が一番思ってるんだよ。最終話とか最終巻とか、未だに俺ガイル含めて読めてないとか、全部自分に跳ね返ってきてて苦しい。変わって欲しくないから。ボーイミーツガールの精神だから。
何事も有限で変わらないものなんてないことを理性では分かっていたはずにも関わらず、全てを逸し続けてきた。感情的に目の前のことから逃げてきた。今この文章を打っているのだってその一環で、別に書かなくてもいい事まで冗長に書いてるのはそのせいだ。全部書いたからって読まれるわけではないだろうし、これで全てが伝わるわけでもないのに。
自分が身の振り方を決めないといけない年というのを中々理解出来ない。俺がよく見てるVtuberとコラボしてるような配信者の人達は大体俺より年上だし、職場でもまだ後輩は出来てない。そんなんだから、まだまだ時間はあって可能性があるように感じてくる。ラノベ作家!イラストレーター!配信者!何者!とか何でも挑戦出来るような気がしてくる。そんなの幻想で、消費するだけで大して時間も労力も割いてないのに。
努力は幻想で、才能は露と散る。別に努力してないから何物にもなれないってことはないし、才能があるからって何かになれるなんて思ってない。それでも自分の人生を生きて、主体的により良くするためにみんな生きてるんだなって帰省するたびに感じさせられる。
Twitterでフォローしてるのは自分と同じように感じるから、フォローが返ってくるのは相手も似たような匂いを感じ取ってるからだ。俺のFF比が変わらないのはこれが今の俺というか今までの俺の努力の限界を示しているようで何とも言えなくなる。
つーか、ここら辺で辞める。詰め込みすぎて昔に書いた日記をまとめたみたいに何が言いたいか自分でも余計にわからなくなってくるから。
年々社会とのギャップを感じてるし、社会不適合者への道に進んでる気がする。配信者とか小説とかしか見ないせいで現実との認識のギャップが酷すぎて、もう前を見たくないみたいな状態。
代替嬉々みたいな行為しかしてない。
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